2015年12月28日

身を守るとは?




気になる言葉



埼玉の市議が、議会上で『陸上自衛隊高等工科学校は『人殺しの練習をする学校』と発言をしたと言うのですが、身を守る、国を守る、国民を守る訓練は人殺しの練習になるということなるのでしょうか?


陸上自衛隊高等工科学校.jpg



柔道を創始した嘉納治五郎氏は『自他共栄』をあげています。

『社会を成し、団体生活を営んで居る以上、其の団体・社会を組織してる各成員が、その他の成員と相互に融和強調して、共に粋さ帰ることほど大切なことはあるまい。

各成員がことごとく相互に融和協調して居れば、己の働きが己自身の益と成るのみならず、他も同時に利し、共々幸福を得るは明らかであり、他の活動が其の人自身のためばかりではなく、己を始めその他の一般の繁栄を増すはもちろんのことである。

かような次第で、其の融和協調の大原則、つまり【自他共栄】ということに帰する。云々』と述べています。




日本少林寺拳法では【力愛不二】でしょうか。

創始した宗道臣氏は『人間が『霊止(ひと)』として生きてゆくためには、そしてまた正義正法(しょうぼう)を守り、平和で幸福な理想郷を実現するためには、愛と慈悲ばかりではなく、理知と力も必要であるということです。

いざというとき、役立つのは力であり、勇気です。不正や悪を倒し、社会の平和と幸福を守るのも力であり行動力です。

確かに、愛や慈悲のない理知や力は暴力になりますが、同時に理知や力のない愛や慈悲は、全くの飾り物であり、無力です。云々』と述べています。




かの市議は、市の広報誌への生徒募集掲載を中止するように求めた際に『人を殺す練習をしている学校』と発言をしたと云うことです。

市議は議会後に『多くの人を傷つけ、嫌悪感を与える不適切な発言だった』と釈明して、議事録からの削除を申し入れたのです。

共産党系の市議は、安全保障関連法の成立に伴い、『自衛隊の性格は変わった。海外の戦闘地域で他国の人を殺すかもしれない』と主張し、市の広報誌への工科学校の生徒募集掲載を止めるべきだと発言していた際に、やり取りの中で興奮し発言をしてしまったそうです。


私達武道家は、身を守るため、また自己研鑚のため、そて伝えるために、古の人殺しの技である武術を指導しています。

武術は、今では人を殺す必要性はありませんから、術や、武技を扱うことで、精神を鍛錬したり、美を追求したりしているのではないでしょうか。

剣や槍・薙刀等を扱っていれば、当然ながら人殺しの練習そのものです。

其処で自他共栄や、自他共存、力愛不二等なのではないでしょうか。


yjimage.jpg


自衛隊の方々は、国民を守ると云う使命感に基づいて訓練をしている。いざというときに我々国民の盾となり、また災害時には消防や警察ともに、災害現場の先頭に立ち、多くの命を救うという使命感が有るのです。

イデオロギー的偏見の目で見ることは、避けたいものです。

タグ:雑感


posted by ヒロボックリ at 12:13 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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